レプチン
1990年代後半に脂肪組織が単なるエネルギーの貯蔵庫ではなく、生理活性をもつアディポサイトカインと呼ばれる様々なホルモンを分泌することが発見されて以来、このアディポサイトカインの色々な組織・臓器への影響について多数の研究が行われてきました。
特に代表的なアディポサイトカインであるレプチンについては、竹田秀先生やDucy、Karsentyらによる精力的な研究により、レプチンの骨代謝への作用メカニズムが解明されてきています。 レプチンは視床下部にあるレプチン受容体を介して交感神経系を亢進させ、骨芽細胞に存在するアドレナリン受容体を介して骨形成を負に制御していると報告されています。
さらに、骨芽細胞におけるRANKL発現を亢進することにより破骨細胞活性を促進し、骨吸収も高めることが明らかとなっています。 Karsentyらはレプチンの骨への作用は中枢神経を介した間接的なものであると提唱していますが、一方で骨芽細胞にはレプチン受容体も存在することからレプチンは直接骨へ影響することも他のグループから報告されています。
そのレプチンの直接作用は前述の間接作用とは反対に、骨形成を促進し、骨芽細胞におけるRANKL発現抑制を介して破骨細胞活性を抑制すると報告されています。 従って、レプチンの骨への影響としては間接作用・直接作用とがバランスをとって関連していると考えられます。
アディポネクチン
2004年、Bernerらにより初めて骨芽細胞もアディポネクチンとその受容体が発現していることが明らかとなりました。従って、アディポネクチンは骨にautocrine、paracrine、endocrine的に作用する可能性が考えられます。 これまでに骨芽細胞へのアディポネクチンの添加は骨芽細胞分化を促進し、石灰化を促進すると報告されています。 アディポネクチンの受容体には1型と2型がありますが、我々は骨芽細胞株MC3T3-E1にはアディポネクチン受容体1型のみが発現していることから、アディポネクチン受容体1型をsiRNAにてノックダウンすることによりアディポネクチンの骨芽細胞への影響を検討しました。
この系によるアディポネクチン刺激の減弱は骨芽細胞の分化、オステオカルシン発現、石灰可能を有意に抑制したことからアディポネクチンは1型受容体を介して骨芽細胞の分化、石灰化を促進する作用があることを明らかにしました。
アディポネクチンの破骨細胞への直接作用としては破骨細胞活性を抑制することにより骨吸収を抑制すると報告されていますが、Luoらは骨芽細胞におけるRANKL発現促進、OPG発現の抑制を介して破骨細胞活性を促進する、すなわちアディポネクチンは骨芽細胞分化を促進するのみならず骨芽細胞を介した骨代謝回転の亢進作用もあると報告しています。 これまでに血中アディポネクチンと骨密度、骨代謝回転の関係性を検討した臨床データが報告されています。
我々も2型糖尿病男性においては、血中アディポネクチンと骨密度との間には有意な負の相関、骨代謝マーカーとは有意な正相関があることを報告しています。さらに、アディポネクチンと既存椎体骨骨折との間にも正の相関が認められました。 右図に示すように、血中総アディポネクチン濃度が1SD上昇する度に椎体骨折のリスクが約1.4倍、中等度から重度の骨折リスクが約1.7倍に上昇することが明らかとなりました。
従って、これらの結果からアディポネクチン高値は骨密度低下、骨代謝回転亢進を引き起こし、椎体骨折の原因となりうると考えられます。
オステオカルシン
糖代謝との関連性脂肪組織からのアディポサイトカインや膵臓から分泌されるインスリンが骨代謝に影響することが認識されるようになってきました。
このことから、内分泌学的観点からおそらく骨からも脂肪組織や膵臓になんらかのフィードバック機構が存在するのではないかと推測されます。
2007年に初めてKarsentyらにより骨芽細胞から特異的に分泌されるオステオカルシンという蛋白に糖、脂肪代謝への内分泌作用があることが報告されました。オステオカルシン欠損マウスにおいては高血糖、インスリン分泌低下、インスリン抵抗性、肥満、低アディポネクチン血症などが認められ、またオステオカルシン欠損マウスにオステオカルシンを投与することによりこれらの代謝異常が改善したと報告されました。
オステオカルシンは膵臓においてインスリン分泌を促進し、脂肪細胞においてはアディポネクチン分泌を促進することによりインスリン作用を高めます。その後のマウスにおける詳細な検討により、オステオカルシンの中の非(低)カルボキシル化オステオカルシン(ucOCN)にその内分泌作用があることが明らかとなっています。
これら一連の報告は特に骨代謝、糖代謝の研究領域で注目を集め、近年でのホットトピックとなっています。 これまでの報告をまとめると、膵臓より分泌されるインスリンは骨芽細胞のインスリン受容体(IR)を介してTwist2発現の抑制、FoxO1活性の抑制を介してオステオカルシン分泌を促進します。また、脂肪細胞から分泌されるレプチンは中枢神経系を介してIR阻害作用のあるEspの発現促進によりオステオカルシン分泌を負に制御する。
また、骨芽細胞内のATF4はオステオカルシン分泌も促進するが、一方でそれ以上にEsp発現を促進することにより結果的にはオステオカルシン分泌を抑制する。
さらに、オステオカルシン活性化には破骨細胞活性も重要であることが明らかとなっており、インスリンシグナルによるオステオプロテジェリン(OPG)発現抑制あるいはレプチンによるRANKL発現増強が破骨細胞活性化上昇に働き、破骨細胞による酸分泌により骨基質に沈着しているカルボキシル化オステオカルシンの脱炭酸が起こり、ucOCNが骨基質から血中へ遊離することにより膵臓のインスリン分泌、脂肪細胞でのアディポネクチン分泌を促進し、さらにインスリンやアディポネクチンが骨芽細胞へ作用するという、骨、膵臓、脂肪組織間に相互関連性があることが明らかとなってきました。 我々は血中オステオカルシンと糖、脂肪指標との相関関係を検討した。 年齢、body mass index(BMI)、血清クレアチニンにて補正した重回帰分析において、男性では体幹部脂肪率(%Trunk fat)、内臓脂肪/皮下脂肪面積比(V/S比)、閉経後女性においても%Trunk fatと負の相関を認めることからオステオカルシンは脂肪組織(特に内臓脂肪)と関連することが示されている。
また、女性では血清アディポネクチン濃度と正の相関を認めることから、女性ではオステオカルシンとアディポネクチンの関連性も認められた。 男性、女性ともに血糖指標とは有意な負の相関を認め、インスリン抵抗性指標と負の相関、インスリン分泌指標と正の相関を認める。
これらの結果はマウスにおけるオステオカルシンの解析と一致する。 しかし、オステオカルシンと脂肪指標、血中アディポネクチン濃度との関係には男女差がある可能性が伺える。 我々はucCONと糖代謝、脂肪組織指標との関連性についても報告している。
ucOCNも総オステオカルシン濃度と同様の傾向を認めるものの我々のデータではucOCNよりも総オステオカルシンの方が強い相関関係を認めている。
動脈硬化との関連性
我々はこれまでに血中オステオカルシンが動脈硬化指標と関連性があることを報告している。
動脈硬化指標として脈波伝播速度(PWV)と頸動脈エコーによる内膜中膜厚(IMT)を測定し、血中オステオカルシン濃度との関係性を検討したことろ、年齢や血圧、糖、脂質など様々な動脈硬化リスク因子にて補正後も有意な負の相関を認めた。このことは、血中オステオカルシンが高いほど動脈硬化が少ないという関連性を示している。
さらに、我々は小規模ではあるが、血中オステオカルシン濃度が高い人では動脈硬化指標の進展が少ないという結果も得ている。 また、動脈硬化の減少のひとつである血管石灰化についても検討を行った。 上記のPWVやIMTと同様に、オステオカルシンと血管石灰化指標との間には負の関連性が見いだされたことから、オステオカルシンが高いと血管石灰化が少ないという関係が認められた。 近年、他の研究者によりオステオカルシンの受容体であるGPRC6Aが血管内皮細胞や血管平滑筋細胞にも発現しており、オステオカルシンが直接動脈硬化・血管石灰化形成に影響する可能性が考えられている。
しかしながら、実際に臨床にて血中オステオカルシン濃度を上昇させると動脈硬化を改善、あるいは進展を防止しうるか否かについての検討はなく、今後のさらなる研究が望まれる。
テストステロン産生を促進する
2011年、Cellにオステオカルシンが精巣のLeydig細胞に作用してテストステロン分泌を促進することが初めて報告された。著者らは、オステオカルシン欠損マウスでは生殖能力が低いことを見出し、その後詳細な検討を行った。 ucOCはLeydig細胞においてもGPRC6Aを受容体として、CREBの活性を促進することによりテストステロン産生を促進することが明らかとなった。
我々は2型糖尿病男性における血中オステオカルシンとfreeテストステロン濃度との関連性を検討した。 横断解析ではあるが、血中ucOC濃度あるいはucOC/OCの比と血中テストステロン濃度との間には有意な正の相関を認めた。我々は対象患者を変えても同様にucOCとテストステロンとの正の相関関係を確認しており、前述したCellの論文結果を裏付けている。
小腸上皮細胞におけるGLP-1発現を増強する
2013年初めに、九州大学の研究室からucOCが小腸上皮のGPRC6Aを介してGLP-1発現を増強するという論文が報告された。
GLP-1は糖尿病、動脈硬化領域では精力的な研究がおこなわれている。
実際にGLP-1受容体アゴニストやDPP-4阻害薬といったGLP-1活性を上げる薬剤が糖尿病治療薬として使用されている。GLP-1の受容体は膵臓に発現しており、インスリン分泌を促進することが明らかとなっている。 さらに、GLP-1受容体は膵臓以外の様々な組織にも発現していることから、GLP-1はインスリン分泌促進作用以外にも多面的な効果を有している可能性が考えられている。
多くの基礎実験、臨床研究によりGLP-1作用の増強は動脈硬化、心機能改善に作用することが報告されている。 したがって、ucOCはGLP-1発現を介して、糖代謝と動脈硬化にも影響する可能性が考えられる。
明らかになりつつあるオステオカルシンの糖代謝、動脈硬化との密接な関連性
骨から分泌されるオステオカルシンと糖代謝、動脈硬化との関連性のシェーマ
今後明らかにすること
1)骨・脂肪組織の連関性
これまでに骨芽細胞特異的インスリン受容体欠損マウスを用いた研究により骨と膵臓との相互関連性について明らかとなっている。脂肪組織から分泌されるレプチン、アディポネクチンが骨代謝に影響すること、またオステオカルシンが脂肪組織においてアディポネクチン分泌に影響することより、骨と脂肪組織とにも相互関連性があることが容易に想像される。しかしながら、これらについての直接的なエビデンスは未だない。
2)オステオカルシンのシグナル伝達機構
オステオカルシンが糖、エネルギー代謝に関係していることは示されているものの、オステオカルシンがどのように膵β細胞、脂肪細胞にそのシグナルを伝えるのかについては未だ不明である。これまでにGPRC6Aというオーファン受容体がオステオカルシンの受容体である可能性が報告されていますが、この受容体は細胞外のアミノ酸やカルシウムにも反応することから、本当にこの受容体がオステオカルシン、特にucOCNの受容体でるのかはまだまだ検証していく必要があると思われます。さらになぜカルボキシル化オステオカルシンではなくucOCNのみが内分泌作用を持つのかについても明らかにする必要がある。
3)局所でのオステオカルシン発現
これまでにオステオカルシンは骨芽細胞特異的な蛋白であると考えられています。実際に骨代謝の変化により血中オステオカルシン濃度が変化することから血中に分泌されるオステオカルシンの大部分が骨からであると思われる。
しかしながら近年、脂肪細胞においてもオステオカルシンが発現していることが報告された。また、血管平滑筋も動脈硬化が進むと骨芽細胞様細胞に分化しオステオカルシンを発現することが報告されている。今後、組織局所におけるオステオカルシンの役割についても議論をしていく必要があると考えています。
4)男女間におけるオステオカルシンの役割の差異
我々の臨床データからは血中オステオカルシンと糖、脂肪指標とには男女間で差があるように思われる。特に血中のアディポネクチンとオステオカルシンの相関関係は男性では認められないが女性では正の相関を認める。このことは他の研究者からの報告とも一致しており、この後さらなる検討が必要であると思われる。
5)骨代謝へ影響を与える薬剤やホルモンがオステオカルシン分泌を介して糖、脂肪代謝へ影響するか
ヒトにおいてもオステオカルシンが糖、脂肪代謝に影響しているとすれば、当然オステオカルシン濃度に影響を与えるような因子が糖、脂肪代謝にも影響する可能性が考えられる。しかしながら、このことについての検討はまだ少なく、さらなる研究の蓄積が必要であると考える。